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リハビリ中。商人は何時もいるNPC
とある冬の夜、東雲が珍しく夜更かしをして縁側へと座っていた。
既に恋人であるレイも、同居人であるはなこも夢の世界へと旅立っており、東雲一人だけが家の中で動いている状態であった。
唯一ムロマチ人らしくない趣味であるパイプを手に取り、冬の月を朧月へと変えながら思索にふける。
「よう、どうしたね、宿屋の旦那」
「おぉ、フーリュンの。珍しいな、こんな夜更けに」
「いやなに、商売の帰りでね。遅くなりすぎたもんでどうしたものかと困っていたところだ」
唐突に現れたフーリュン人の商人は、東雲の馴染みである。
お互いに名前を知らないのだが、特に困ったことはないため、そのまま続いて既に一年以上の付き合いになる。
そんな商人の言い草にそうか、と笑い、東雲が縁側を譲った。
商人が背中の荷物を下ろし、勝手気ままに東雲が勧めた茶を啜る。
「そういえば結婚するらしいな。おめでとうというべきか?」
「ああ。良い伴侶が見つかったものだと、神仏に感謝せねばなるまい」
そうか、と。今度は商人が笑ってそれを受け入れた。
「商売は上手く行きそうか」
「戦乱でもあれば話は別だがね。黄泉路から来た連中ばかりじゃぁ、商売はあまり美味くない」
東雲の正体は、ネバーランドで唯一、戦国の気風を受け継ぐ本物の忍者である。
当人こそネバーランド出身であるが、その術は異界の忍者から教わっており、その本質は情報収集を旨とする草であった。
そしてこの商人の正体もまた、フーリュンにおけるスパイであった。
違うといえば、東雲が己を中心として自由に動きまわるのに対し、この商人が組織の下に務めているというくらいか。
互いに名前も知らないが、素性は知り尽くしている。
その上で自由に振舞っているのだから、なんとも不思議な関係と言えた。
「そうか。まあ、私はもう商売を辞めたからな」
「あんたはある程度商売が巧そうだから、すぐにでも復帰できそうだがな」
いやいや、と東雲が首を振り
「もはや得意客はいらんよ。今はただ、……そうだな、もう妻といっていいか。妻の側に永劫居られれば、それでいい」
「こりゃまたおかしなことを。あんまりにも寿命が違うだろうに」
その事を問われ、東雲は軽く口元に笑みを浮かべた。
そのような悲恋は、この大陸に唸るほど例がある。
自身が例外とは思っていないし、相手もまた不滅とは思っては居ない。
「問余何意棲碧山……と、む。そうか、通じぬな。
お互いに恋をして、お互いを欲したから、一つになるのだ。
私がいなくなって、例えレイが後に残ろうと、その時には子がレイを支えてくれようし、神仏が私の寿命を伸ばさぬとも限らん」
「別有天地非人間……やれやれ。そう悟ってきちゃしょうがない。精々長生きすることだな」
商人が知らぬはずの漢詩を返したことに少し驚いた東雲だったが、商人が茶を一気に飲み干し、立ち上がったことに対してまず声をかけた。
「もう帰るのか」
「長居すると当てられそうだしな。
またあんたに商売の話が出来そうならやってくることにしよう。
でなくとも、詩藻を捻るだけでもいいかもしれんな……仙人を気取るには少し早いだろう?」
そういわれ、東雲がやれやれと。
先程まで浮かべていた微笑を苦笑いに変え、それもそうだと頷く。
東雲も人に素顔を見せない男だが、この商人は加えて奥底を見せないらしい。
「構わんが、私は詩を詠うだけでな……下手の横好きというやつだ」
「だったら百韻で満足せずに続けておけよ。それじゃあな」
唐突に現れた商人は、そうやってまた唐突に帰っていく。
綺麗に拭われた茶碗を洗うために籠へと放り込み、すっかり放置して火の消えたパイプに火を付け直すと、東雲は再び月を眺めた。
先程までは朧月にしていた夜空は、またもすっかり澄み渡り、怪しげな光を放つ満月となっている。
手をのばせば届きそうなその異様に、しかし東雲はその月に少し胡乱に視線を通し
「…………ま、レイは私が暫く占有させてもらうとしよう」
パイプの煙を思い切り空へと吐き出し、再び満月を朧月へと変じさせるのあった。
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