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 注:SS内に登場する歴史、事件等は必ずしもネバーランドの歴史に沿ってはいません。
















  カーシャの冬は寒い。
 寒いといってどれくらいかといえば、少しばかり風が吹いた瞬間には唇が凍り付いている程に、寒い。
 そんな中、ムロマチ風の和装に上着を羽織り、襟巻きと笠だけという男が冷えて氷のように白くなった足を急がせながら、王都の街中を歩いていた。
 東雲小梟。国に仕える士官の一人なのだが、割に滅多に王宮で仕事を行わず、もっぱら自分が経営する宿屋にいる男であった。
 丈夫に編んでいるのだろう笠には既に降り始めた雪化粧が施され、そのゆったりとした衣服と相まって余計に寒々しさを与える。
 だが本人はどこふく風なのか、両手を袖に突っ込むだけで防寒は十分だとばかりにざくざくと人ごみをかき分けて歩いている。
 背中には風呂敷包みが背負われ、その荷物を急いで運んでいるのだろうと推測することが出来た。
 
(相変わらず人の多い街だ)
 
 東雲小梟、当年とって二十と五つ。この内二十年以上をムロマチはキョウの山中で過ごした男からすれば、賑やかで活気があるこの風景も騒々しく人臭いと感じるのであろう。
 
(それに人以外のものが多すぎる)
 
 極北の孤島カーシャ。かつて戦争に敗れた魔族が逃げ込んだ地と言われるが、それを証明するかのように住人には亜人や魔族が多い。
 無論、ヒューマンやエルフ、精霊なども見かけるし、エンジェルもいるにはいるのだが、やはり目立つのは頭の角である。
 人臭い――などと思う割に、東雲はこの王都の大通り近くにわざわざ店を構えている。
 何故か。
 
(しかし大人しいものだ。平穏無事こそ……か)
 
 東雲はふと足を止め、空を見上げる。
 雪が降り始めた空はどんよりと曇り、灰色と白だけが見える色であった。
 
「懐かしいもんだ。キョウの山も、寒々しい色ばかり見せていた」
 
 
 
 
 
 小梟、などという名を告げれば、大概の人は首を傾げる。
 凡そ人に付ける名ではないし、それでも女性ならばまだ形になるような名前を、大の大人が名乗っているのだ。
 偽名であるのだろう、と考えるのが普通だし、東雲もそれは否定しない。
 では本当の名前はなんだ、と尋ねると、東雲は話を煙に巻いて逃げてしまう。
 その理由はといえば、話は二十年も昔に遡る必要があった。
 
「……酷い有様だな」
 
 当時のムロマチ、キョウの田舎で、一人の坊主がそう呟いた。
 二十年前といえば、丁度この大陸は戦乱の嵐が吹き荒れていた頃である。
 ネバーランド大戦。結果を言えば、ムロマチ君主シンバによって大陸が統一されたのであるが、ムロマチが勝者の国だからといって被害がなかった訳ではない。
 戦乱の中で被害を一番受けるのは市井の民であるが、損得がまるで津波のように激しく流転するといえば、商人が筆頭であろう。
 勝利軍に物資を納めていればその後の繁栄は約束されたようなものであるし、敗軍に納めていれば、敵視されても仕方がない。
 だが勝ち組に属していたからと言って、その積荷を奪われてしまえば、商人は泣き寝入りをするしかない。
 戦乱の中で安全に商売をする――そんな事は不可能であり、だからこそ商人は己がのし上がる為に、大戦とは別の場所で、自分たちの戦争を行っていたのである。
 そして、ムロマチで一つの商家が没落した。
 その商家の屋号や商いの内容などをここに記す必要はないし、今現在その名を言ったとしても誰も覚えてはいない。
 ただ分かることは、その商家が商っていたものが戦乱の中で失われ、主人が破滅の道を歩んでしまったというだけの話である。
 商家が潰れるということは、それと取引があった者たちも自ずと損をする。
 それが農産物などであったならば、話は更に悲惨になった。
 一つの村が、金銭を得る術を失ってしまったのである。
 戦乱の中で荒れ果てた土地から取れる無け無しの作物を商家に収め、生活の糧を得る。
 そんな村が、取引先を失えば早晩飢えるのは当然の理であっただろう。
 坊主が呟いたのも無理はない。そこはまるで地獄のような村であったからだ。
 家は朽ち果て、畑は痩せこけた狐狸が残った作物の種を奪い合っている。
 
「これは、一晩の宿も借り受けられそうにない」
 
 坊主が疲れの滲んだ声で落胆を見せた。
 托鉢を行い村々を練り歩く説法坊主であったが、人がいなければ説教をしてお布施を貰うことは出来ない。
 空腹を訴える腹を抑えながら、とりあえず坊主はどこか横になれそうな家を探すことにした。
 幸い、既に廃寺とはなっていたが、比較的綺麗な寺を見つけ、そこに上がりこんでやれやれと腰をおろすことが出来た。
 笠を外し、衣を脱ぐ坊主。
 つるりと剃られた頭を撫でつつ、外を見遣ると、遠くに戦乱の煙を望むことが出来た。
 
「…………どこもかしこも戦か。
 まあよいわえ、戦でなくば生きられぬ者もいるでな」
 
 凡そ坊主らしくないことを呟く。――事実、男は坊主ではなかった。
 この男の名は信濃甚五郎忠政(しなの じんごろう ただまさ)。何時の頃からかムロマチ周辺に現れ、様々な姿に身をやつして生活をしている男である。
 戦乱期に置いては坊主姿のほうが耳目を集めやすく、慈悲にすがる心からか、お布施で生活をすることも容易かった。
 今回はそのアテが外れたという訳だが、あまり悲観はしてはいない。
 だが、少しばかり淋しげ――否、虚しさのようなものを、信濃の目に見付けることが出来た。
 と、その目が急に鋭くなり、寺の薄暗い奥へと向けられる。
 手は錫杖を握り締め、その先端を付き出して身構えていた。
 
「誰ぞ」
 
 信濃が問いかける。答えはない。
 
「鬼か蛇か畜生か。それとも言葉もわからぬ餓鬼の類か」
 
 子は怪力乱神を語らず、とは孔子の言葉であるが、概念的なものは別にして、現実そのものとして怪力乱神が存在するネバーランドで、信濃の警戒は当然のことと言えるだろう。
 だが信濃の言葉に返ってきたのは、獣の唸り声でも、悪鬼の怨念でもなく、子供のすすり泣く声であった。
 
(童……?)
 
 信濃が不審に思い、扉を蹴倒して外の明かりを強引に中へと取り込んだ。
 すると、仏像があったのだろう台の側に隠れるようにして、子どもが座り込んでいるではないか。
 見たところまだ三つ四つ程の、言葉もろくに覚えていないような童である。
 農村の生き残りか、と思ったが、しかしよくよくみれば、破れに破れてボロ布のようにこそなっているものの、その生地自体は質のいいものであることがわかった。
 
(ははぁ……どこぞの家の子が戦乱に追われて逃げてきたか)
 
 目や頬が落ち窪み、破れた服から覗く体は、骨に皮が張り付いたような有様である。
 すすり泣く声にも力がなく、凡そ後数日もすれば飢え死にするであろうことは火を見るより明らかであった。
 信濃が手を顎にやり、さすりつつ、思案するような声を出す。
 母の乳房が必要な年頃ではなかろう、と信濃がぼそりと吐き出すと、諦めたように衣を探り、鳥肉の干したものを取り出した。
 大きさは大人のこぶし二つ程のもので、乾き具合に比べて、切ったところがあまり見れないところから、恐らく信濃の最後の食料として大事にしていたものであろうことが伺えた。
 信濃はそれを隠していた小刀で切り取り、小さな鍋に入れた。
 
「こら童、お前どうする」
 
 どうする、といわれ、そこで初めて子供は信濃の方を見た。
 その顔色は頗る悪かったが、目は未だに爛々と輝き、その命の灯火を自分から消しそうな気配は微塵もみれなかった。
 
「今の世の中、生きるも地獄、死ぬも地獄よ。
 後三日もすりゃぁお前は腹空かせつつだが、この地獄から抜けだしてあの世行きだ。
 この肉を食らって、俺についてくるなら、今の餓えは癒せるが、待ってるのはこの世の地獄だ」
 
 どうする、と。信濃は至極真面目な顔で尋ねた。
 信濃には相手が三つ四つの児童であるなどとは思えぬ語り口で選択を突きつけた。
 その右手には鍋、左手には小刀が握られたままである。
 実を言えば、この時信濃は子供が質問にも答えずに鍋に飛びかかろうとするなら、その小刀で今すぐに楽にしてやろうと考えていたのだ。
 言葉も忘れ、獣畜生に落ちるのならば、ここで肉を食っても長くは生きられないだろう、という考えの下である。
 だが、子供はそのまま鍋に飛びかかることをしなかった。
 もしかすれば、あまりに空腹で駆け寄る力も失っていたのかもしれないが、それが自然、子供に質問を考えさせることとなった。
 
「…………」
 
 この時なんと答えたのか、子供は全く覚えていない。
 ただ覚えているのは、大きく首を傾げたことと、それを聞き、見た信濃が大笑いをしたことだけである。
 そして、この後の言葉が、子供の人生を決定づけた。
 
「まるで梟のように首を回しおったわ!
 いいぞ、肉を食え。そして育ててやる。世に逸れたのならばわしの同類だ。この世ならざるわしの技術、余すことなく伝えてやろう。
 今より貴様はこの世で初めてのわしの弟子だ! 人の名を捨て、小梟と名乗れい!」
 
 信濃甚五郎忠政。
 ネバーランドに突如として現れた謎のムロマチ人。
 この男こそは、かつて異界の日本にて信濃忍者として生まれ、安土桃山の戦国時代を駆け抜け、豊臣が滅んだ大坂の役にて命を落としたはずの男。
 ネバーランド唯一の、正真正銘本物の戦国忍者であった――
 
 
 
 
 
 
「……ひどい詐欺にあった気分だったな。
 坊主に出会ったと思ったら、いつの間にか地獄行きになる代わりに人の世からはみ出してしまった」
 
 カーシャの空を少しばかり見上げた後、東雲はそうやって苦く笑った。
 まるで梟のように首をかしげた子供だから、小梟。自分がかつて率いていた組が東雲組だから、東雲小梟。なんとも安易な名付け方であった。
 忍びに本当の名など要らぬというのが信濃の信条であったから、それに弟子として引き取られた東雲が今まで持っていた名を忘れ去ったのも仕方がない。
 二十年に渡る修行は苛烈を極めたが、人の世から切り離された東雲はいつの間にかその生活こそが自然となっていた。
 妖者術(変装術)の修行のために様々な姿で半年、街で過ごす修行をしていても、街の生活に溶けこみはしたものの、染まることはなかったのである。
 そして二年前、信濃はキョウの山中で没した。
 晩年は起き上がるのも辛い有様で、夜に魘されることもあった。
 その時のうわ言が、今東雲を山中から出している。
 
『後五年……! 後五年お館様が……織田が……豊臣が、真田が生きてさえいれば!
 忍びが、忍びとして生きられる世を、続けられたものを……』
 
 忍びが、侍が、いくさびとが己の腕のみで生き抜く世の中。
 信濃が最後に望んだのは、最後の最後まで忍びとして働き、仕えられる主を得ることであった。
 伊賀、甲賀を保護したとはいえ、戦乱を終わらせ、平穏を守り、人の牙を引きぬく徳川は、信濃のような人種に取ってみれば許せぬ存在だったのであろう。
 信濃があげた名を持つものは、全てのいくさびとに取って、仕えるに値する主人ばかりであった。
 だが――東雲には、それがわからなかった。
 二十年の間を忍びの修行に費やした東雲であるが、だからこそ、この年まで信濃以外の師や、本当に目上の者に出会う機会がなかったのである。
 信濃が没した後、東雲は信濃が最後に望んだことに強い興味を抱いた。
 このネバーランド大陸で、東雲が習い覚えた忍びの技術は、魔法や超人が跋扈する世では児戯にも等しいだろう。
 だが、そんなものでも十全に才を生かし、自らが心底より忠誠を捧げられる相手を見付ける。
 それこそが、東雲が山中より抜け出、人の世に戻ってきた理由である。
 
(……今の姿を師匠が見れば、まあ、笑われようよ)
 
 せっかく国に仕官しつつも、そこで忠勤を示す訳でもなく、己の宿屋を開いて俗世間に浸かる。
 
(全く無能な忍者だ)
 
 とはいえ、東雲は不思議と今の自分が嫌いではない。
 
(人の世に塗れず、人を知らずして、人が欺けようか)
 
 東雲はそう、空に嘯いて苦く笑っていた口元を引き締め、心中にて師匠に礼をする。
 国の為に働かず、しかし国に仕える理由こそは、知るために他ならない。
 
「さて……宿屋に戻るか。腹を空かせた客がいるやもしれぬ」
 
 今はただの東雲でいるとしよう。
 齢五十にして天命を知る。信濃は五十にして東雲を見つけた。
 自分は果たして人生五十年の内に、何を見つけ、何を知れるのか。
 この世ならざる戦国の忍術を用い、この世で何を為せるのか――その一歩として、東雲は宿屋で人を知る。
 それこそが隠者の如き生活から抜け出て、わざわざ大通りに店を構えた理由である。
 再び東雲は足を急がせ、宿屋へと向かった。
 空は相変わらずどんよりと灰色だが――その下に居る人々は、その中で様々な生き方を、見せていた。
 
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