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 シャザラードさんを主人公とした小説。
お互いを主人公に小説を一本書こうという企画。
以下続きを読むにて表示。

  シャザラードという男がいる。
 ネバーランド大陸において、恐らくこの男ほど信心深い男はいないだろう。
 尤も、その信仰が広まる事は、この大陸においては残念ながら可能性が低い。
 異界においては世界最大の影響力をもつ信仰も、それらの影響力を作り上げた宣教師がいなければ勢力を確保する事は出来ないのだ。
 だが、シャザラードにとってそれは何の障害になる事でもない。
 彼にとってみれば、神に与えられた使命こそを遂行する事が至高であり、その神に気づかぬ事が愚かなのである。
 神罰を代行し、愚かなる者を滅ぼす――かつての十字軍を体現したような存在であった。
 
 
 
 その日は随分と暖かく、カーシャにしては雪も降らず、晴天の空の下、散歩日和という珍しい日であった。
 シャザラードも珍しく陽気な日和に誘われてか、城での勤務の帰り、公園などに寄ってみる事にした。
 別段公園で遊ぶという訳ではないのだが、自然が嫌いという訳でもない。
 城が寒々しい石造りであるから、開放された雰囲気を味わいたかったというのが主な理由だろう。
 シャザラードの住む地域はカーシャで城下町の大通りを除けば、恐らく一等栄えた場所であり、自然が思うより少ないのも理由に入ったかもしれない。
 少なくとも、勤務の帰りに城の極近くにあった、自然を堪能するために選んだ公園は正解で、遊具や砂場などがない代わりに、針葉樹に囲まれたベンチが綺麗に手入れされていた。
 公園においても、何故自然をそのままに残さないのかと考えるシャザラードであるが、ベンチなどに腰を落ち着けると、意外と自分の体が疲れていたのに気づいた。
 
(ふむ、そういえば下らない雑務で半日も立ちっぱなしでしたからね)
 
 騎士団長などという職位を貰う立場では、サボりがちとはいえ、日々の勤務を疎かにする訳にはいかない。
 有象無象の雑兵を朝からそろそろ夕方にも差し掛かろうかというこの時間までかかりきりで指揮していたのだ、疲れが来るのも無理はあるまい。
 暫し足を休めてから家に向かうのも悪くないだろう。服のゆったりとベンチに手をつき、そのような事を考えた。
 と、不意にシャザラードの腹がなった。
 
「考えれば朝食……それも黒パンだけでしたか……パンとワインでもどこかで食べましょうかね」
 
 神の肉と血であるところのパンとワインは極上の食事である。
 しかし、まだ足腰がのんびりしたいとベンチから中々離れようとしない。
 寒さがある訳でもないので、空腹さえ忘れてしまえばそれでもよいのだが、一度空腹感を感じると、中々それは離れてくれなかった。
 何かないかと視線をめぐらせると、公園の片隅に小さな屋台が出ているのを見つけた。
 あそこまでいけるが、大丈夫かと足腰に問いかけると、あの距離までならばと考えたのか、先ほど抵抗したと思えぬほどすんなりと足腰はベンチから立ち上がることに成功した。
 屋台に近づくと、人のよさそうな老婆が一人椅子に座っている。
 頭につけた、民族的な冠が特徴的だった。
 
「おんやぁ、お客さんかい。いらっしゃい、何にぃ、なさるかね」
 
 シャザラードはふむ、と呟くと、屋台の看板をみた。
 特にメニューが書いてある訳でもないが、揚げ物用の鍋と、鉄板があるのが見えた。
 作り置きしているような料理は見えず、これは焼きたて揚げたてのものが食べれそうだと考えたシャザラードは、オススメのものを見繕ってくれと伝えた。
 その言葉に頷いた老婆は、ゆったりとした動作で傍らに置いてあった箱から魚とソーセージを取り出し、魚は衣をつけ揚げ、ソーセージは鉄板へと置いた。
 鍋も鉄板もあらかじめ暖められていたらしく、ジュワジュワ、ジュウというような心地よい音とともに料理が手早く作られていく。
 出来上がったのは二種類のホットドッグであった。
 成る程、公園で食べるには手軽で、なおかつ作りたてならば美味だろう。
 思わず喉を鳴らしたシャザラードが、提示された料金に少しばかり色をつけた銅貨を老婆に渡して、急いでホットドッグを二個受け取る。
 野菜も何も挟まれていないホットドッグだったが、トーストされたばかりのパンと、作りたての具を挟んだそれを大口をあけて食べると、公園という場所も相俟って想像以上の美味を得る事が出来た。
 何せ、ホットドッグはぷりぷりとしていて、噛めば肉汁が溢れるし、魚のフライもざくりとした食感が、柔らかいパンと重なると食べやすくなるのだ。
 がぶり、ざくり、がぷり、もしゃり、と。そっとおまけにつけてくれた暖かな紅茶を合間に挟みながら、シャザラードの口にホットドッグが消えていく。
 ゆったりと楽しむ食事のつもりであったが、予想以上にシンプルな装いが美味く、シャザラードはあっという間に二つのパンを胃に収めきってしまった。
 主に食事の感謝を捧げ、美味かったと老婆にも言葉をつげる。
 
「いんやぁ、いや。いい食べっぷりだぁ。久々のお客さんだからぁ張りきっちまったぁよ」
 
 老婆が色黒く焼けた頬を赤くして笑う。
 悪くない気分だ。そう、シャザラードは思い、公園を後にした。
 悪くない気分ではあるが、雑談をするほど社交性の高い男ではない。
 あの場所はたまにゆったりとした気分になるにはいい所かもしれないが、しかしまるで世俗にまみれた男のように、雑談に興じる場所ではないだろう。
 語るならば神と語りたい。シャザラードはそう考える男であった。
 
 
 
 翌日、シャザラードが朝早くに出仕すると、予想以上に仕事がたまっている事に驚いた。
 なんでも、昨日シャザラードが行った演習の結果、軍務から新しい陣形の構築についての要望書が提出されたというのだ。
 かつて軍務大臣という任を受けていたシャザラードにも、要望書の内容を検討するようにと、既に他の軍務経験者、ならびに騎士団長が済ませた報告書を重ねて渡されたのである。
 こういう時、規則正しい生活を行う勤務者は割を食う。深夜に仕事をすると、朝に回すクセがついてしまうのだ。
 仕方なく書類を片付けようと、国王手ずから入れてくれたコーヒーなどを胃に流し込み、山となった紙へとペンを走らせ始めた。
 結局、その書類の山が半分にまで減り、軍務卿が一旦家に帰宅するというので仕事は切り上げられ、夜に回される事になったのは、既に空が赤く染まる頃であった。
 夜から会議を行うので、是非とも出席してもらいたいと要望を受けたシャザラードは渋々それを受け、短い休憩時間をとることにした。
 とはいえ、城の中にいてはまたも別な仕事を押し付けられるかもしれない。
 大通りに出て食事をするには時間が少ないが、しかし空腹感は如何ともし難い。
 
(仕方ありませんね。また昨日の公園にでも寄ることにしますか)
 
 昨日の公園にシャザラードが立ち寄ると、やはり人が居らず、閑散とした中に屋台と老婆は佇んでいた。
 シャザラードが老婆に話しかけると、老婆は予想以上に喜び、二日も続けてきてくれたのは初めてだと笑っていた。
 オススメのホットドッグ二種類を受け取り、今日は忙しいとだけ少し愚痴をこぼし、シャザラードは公園を後にした。
 がぶりと噛み付いたホットドッグは昨日と変わらぬ美味さで、その夜からの会議を万全に始める事が出来た。
 ただ、シャザラードにしては少し油断していたのか、口元にフライの衣がついていたらしく、空腹に唸る国王などがそれを目ざとく見つける一幕もあった。
 会議は深夜まで及ぶ。
 
「ふぁ……う、流石に昼から夜まで続くと、頭が痺れてきますね」
 
 国王が目頭を指でもみながら、そんなことを呟いた。国王は別に軍務だけを行っている訳でもなく、度々抜け出しては他の公務も行っているのだから、集中力が途切れて大変だろうと出席者がいうと
 
「いえ、休憩時間も頂いてますからね。お仕事は頑張りませんと……ん、雨ですか。珍しい」
 
 国王がそんなことをいうと、確かにぽつぽつと雨音がしたかと思うと、急にざぁっと、叩くような勢いで雨が降り始めた。
 極寒のカーシャでは雪は珍しくなくても、雨となると途端に珍しくなる。
 極々短い夏の期間でしか雨が降らないのだから、この時期に雨となると恐ろしく珍しい。
 ざぁざぁと降り注ぐ雨は当初こそ眠気覚ましになったのだが、そのまま続くと気分が滅入る。
 何より、こんな状況で会議を続けると、曲者が近づいてもわからないという事で、皆それぞれに用意された部屋で朝まで仮眠を取ることにした。
 家まで帰ろうにも、転送陣を用意している人間でなければ帰れないからだ。
 あいにくシャザラードは転送陣を用意しておらず、朝までをしろですごす事になってしまった。
 雨の音が煩く、眠れるのだろうかと思っていたが、会議の疲れというのは予想以上に大きかったようで、雨の音も子守唄代わりに、意外と早くシャザラードは寝入ってしまう結果になった。
 翌朝、シャザラードが起きたのは日の出から数時間たった頃合だった。
 そのような泊り込みを行ってまで続けた会議であったが、雨はまだ止まず、結局昼前まで軍務の会議を行った後、後は演習が必要だという事で打ち切りがかかってしまう結果となった。
 
(やれやれ、このような結果ならいてもいなくても同じではありませんか)
 
 会議が長引く結果になったのは、文官側が資金面での反対を押したからなのだが、かつての財務を担当した有能な女性は既にいない。
 統率者がいなくなると好き勝手にいわれるもので、今回も軍務の会議に文官の中堅が集い、紛糾する結果となってしまった。
 雨の中、傘をさしながら自宅への馬車でも手配しようかと大通りをシャザラードが歩く。
 だが町の馬屋に話をすると、この雨の所為で貸し出せる馬車が今はいないのだといわれてしまった。
 待てば戻ってくるという事だが、そうすると結局帰るのは夜になってしまう。
 昼前の帰宅のつもりが夜になってしまっては意味がない。
 最初からそうすればよかったのだが、王宮の馬を借りようと来た道をとんぼ返りする羽目になってしまった。
 雨に溶かされ、ぬかるんだ道を歩くうちに、段々と訳のわからない怒りがわいてくるのがわかった。
 シャザラードは別に必要以上に怒るような人物でもないのだが、人であることには違いない。
 気を鎮めるべきかと考え、三日連続となる公園に足を運んだ。
 どれだけ公園が好きなのだと、同僚などに知られれば言われそうではあるが、神罰も行わず、日々の仕事に追われてしまうと癒しを得たいと思うのは当然ではないか。
 
「とはいえ、一刻も早く浄化をせねばならぬのは当然のこと」
 
 目的を確かにしなければならないだろう。
 傘をさし、縁から雨の空を見上げ、少しだけ呟く。
 公園についたが、流石に雨の日で屋台を出すわけにはいかないのか、老婆の姿は見えなかった。
 尤も、ホットドッグを食べに来たという訳ではないので、それ自体は構わない。
 ゆっくりと呼吸を整え、主に祈りを捧げ、王宮へと向かう。
 と、王宮の玄関で少しもめている声が聞こえた。
 何事かと門へと向かうと、警備兵が困った様子で頭をかいている。
 職務怠慢ではないかとシャザラードが少しばかり嘲笑っていると、問題の相手が公園の老婆である事に気づいた。
 
「ですから、王宮へは一般の方は立ち入れないんですよ」
「そこをなんとか……」
 
 流石に二日続けて顔を合わせていた相手である。まして、民族的な冠は忘れようにも中々忘れられない。少し内容が気になって声をかけてみると、老婆は顔を輝かせて
 
「いんやぁ、外におられたか! 今日は雨だぁ。昨日忙しい言ってたしなぁ、差し入れでもしようかともってきたのさぁ」
 
 確かに、老婆が提げているバスケットにはホットドッグが幾つか収められている。
 なんともはやと呆れたシャザラードがバスケットを受け取り、王宮に入るには許可が必要である旨などを説明し、老婆を見送る事にした。
 好意からの行動なのだが、このような事で手を煩わせないでほしいと思いながら、王宮の厩へと向かう。
 借り受けた馬車の中で齧ったホットドッグは、焼きたてや揚げたてとは違い、かなり味は落ちていたが、妙に味があると思い、シャザラードはそれを残す事無く食べきっていた。
 
 
 
 数日が経ち、シャザラードも忙しい中、時折公園によるようになっていた。
 というのも、あまり姿を見せないと老婆が心配するように手紙を門番に言付けてくるからだ。
 なれなれしいと思いながらも、敬虔な善意は神に通ずると思い直し、シャザラードは少しだけ優しくする事にした。
 たまにホットドッグのおまけがつくと、残業で空腹を訴える同僚などに分け与え、少しずつ公園のホットドッグは王宮内でファンを増やしていった。
 その日もシャザラードは昼食にホットドッグを選ぼうと公園まで足を運ぶと、休みなく出ている筈の屋台の姿が見えなかった。
 はて、と思いながらも、たまに休むのは権利であると頷き、大通りへと足を伸ばす事にした。
 だがおかしな事に、翌日からも屋台が公園に出る事はなく、シャザラードは少し不安を覚えた。
 
(まさか倒れたというのではないでしょうね)
 
 だが不安は拭い去られ、三日も経つと再び公園に屋台が現れた。
 聞けば体調を崩し、独り暮らしのために回復が遅れてしまったのだという。
 
「んだけどぉ、あんたみてぇによく来てくれるのに迷惑かけちゃぁいけねぇからさぁ」
 
 シャザラードの口に思わず苦笑いが浮かんだ。商売根性とも違う、人の良さは賞賛すべきところだが、それで自分の体を壊しては元も子もないだろう。
 その日は珍しく少しばかり老婆と話をした。といっても、主に聞き役に徹する方で、老婆の話に相槌を打つというのが正しかっただろう。
 懺悔、告悔というように、シャザラードは聖職者であり、話を聞くと言う事が皆無であるという事はないのだ。
 
「んだぁ。お城の人らからぁ話きたのか、すこぉしお客もくるでぇね。アンタぁのお陰さぁ」
 
 老婆が照れたように感謝を述べる。確かに、少し見ると、公園には一人二人と人影が見えていた。
 老婆にしてみれば、老後の趣味といった屋台なのだろうが、人とのかかわりは潤いに通じる。
 隣人が善人であれば、幸せというものだろう。
 その内、話す中、老婆の家がここから少し遠い事や、城の兵士も何人かホットドッグを好んでくれた事などを老婆は話し続けた。
 今朝も露天を出すと、どこからか兵士がやってきて、よかったら城にまで宅配に来てくれないかなどと頼まれたのだという。
 シャザラードにしてみれば、ホットドッグよりもこの公園の雰囲気というものを味わっていたので、宅配を頼むまでもないだろうと、兵士に対して最初は呆れた感想を抱いたのだが、老婆の嬉しそうな表情や、先日の雨の日のホットドッグの味を思い出し、少しばかり口の端を吊り上げて苦く笑った。
 その日はシャザラードはそれで会話を切り上げたのだが、翌日から、老婆と話す場所は公園ではなく城で、ということが何度かあった。
 なんと翌日から老婆はホットドッグの宅配を始めたのだ。
 このバイタリティともいうべきものにシャザラードは驚いたのだが、兵士がホットドッグを頬張る姿をみて嬉しそうに微笑む老婆に、シャザラードは純粋な善意を見つけた。
 かつては軍務も兼ねたものとして、規律の乱れを注意すべきかと思ったシャザラードであったが、老婆の微笑みに免じて見逃す事にして、そっとその場を離れた。
 三日ほど経った頃、シャザラードは早朝からの勤務をおえ、昼休憩には少し早い頃合に外に出る事にした。
 久々に例の公園で食事を取る事に決め、王宮の厨房係にサンドウィッチの軽食を頼み、公園へと向かった。
 たどり着いた公園に老婆の姿はない。最近は昼にホットドッグの宅配をする為、屋台を開くのは昼を過ぎてからなのだという。
 人の姿もなく、少し冷めたサンドウィッチを頬張りながら、公園の自然を堪能するシャザラード。
 だが、不意にちょっとした違和感を感じた。物足りない、とでもいえばいいのだろうか。
 
(ふむ、妙な感傷に浸るわけにもいきませんね)
 
 それから一週間ほどすると、昼頃の老婆のホットドッグは大層な人気を呼ぶようになった。
 王宮の食事は豪勢だが、それが下士官などに回ってくるというものでもない。
 立ちっ放しの警備などを行う中、支給されたパンを凍えながら齧る生活より、老婆の作る暖かいホットドッグが人気なのも頷けるというものだろう。
 冬の寒さが厳しくなる中、これは大変にありがたいことだったといえる。
 シャザラードも、一時よりは頻度が下がったものの、それでも時折老婆と話し、ホットドッグを食べる事があった。
 シャザラードが顔を見せるたびに老婆は皺だらけの顔を更にくちゃくちゃにしながら、笑顔で話しかけてくるのだ。
 段々と寒さが本格的に厳しくなり、老婆が王宮に来る頃には大分寒そうにしているため、兵士の中には老婆用に薪を置いておくものまで現れ始めた。
 晴れの日も雪の日も、毎日ホットドッグを売りに来てくれる老婆の存在は、王宮の兵士にとってもいい相手のようだった。
 そして、とうとう大寒波が襲来した。
 吹雪が視界を覆う中、それでも老婆はホットドッグを売りに来た。
 毛皮にツララが出来るような極寒の中は辛いだろうと、見かけたシャザラードが注意を促すと
 
「いんやぁ、それでもぉ、よぉ。兵士の人たちの、美味そうなぁ顔みると、ほれ、胸があったけぇだ」
 
 などと笑う老婆に、シャザラードはここで強く止めておくべきだったと、後に後悔する。
 翌日から更に寒波は強くなり、その日はとうとう老婆が来る事はなかった。
 このような日に外に出せる兵士は水の精霊らしかおらず、その水の精霊も寒いとまで音を上げるほどであった。
 兵士も内勤の連中は今日はホットドッグが食えないと、軽く笑いながら嘆き、昼飯の雑談に華を咲かせている。
 だが、その言葉を聴いたシャザラードは妙な胸騒ぎを感じた。
 流石のシャザラードも今日は内勤の予定だったが、一人の水の精霊と町の巡回を交代し、何時もの服の上に防寒具を重ね、大通りへと駆けた。
 公園から大通り、住宅街と回る。吹雪は視界を失くし、体温を奪っていくが、焦燥感に駆られたままシャザラードは脚を早めた。
 しかし、焦燥感を決定付けるものは見付からず、巡回の時間もそろそろ終わろうとしている。
 時計を見つけて確認すると、城を出てから既に三時間は経っている事がわかった。既に夕方にさしかかるではないか。
 大通りの道を戻れば、巡回は終わりだ。焦燥感は単なる勘違いだったのか。
 思いながら大通りの道を戻ろうとすると、一人の男とぶつかった。
 この吹雪だ、確かに人にぶつかってもわかるまいとシャザラードが男を見て、その目を見開いた。
 
「待て」
 
 ぐ、っと。シャザラードが手を伸ばし、男の襟首を掴んだ。
 シャザラードは常人よりも遥かに力が強い。その手で急ぐ襟首をつかまれ、自然と男の首が絞まる結果となった。
 
「何をしやがる!」
「その手のものは、なんだ」
 
 男が咳き込みながらシャザラードに怒鳴り返す。掴まれた襟首から雪が入り、男の顔が青白く、しかしすぐさま怒りで真っ赤になるが、シャザラードはそのような事意にも介さず、男に質問をぶつけた。
 男の手に掴まれていたのは、吹雪の所為で判別が難しいが、冠のようであった。
 だが、カーシャで使われているような王冠ではない。非常に独特な、民族的な冠であった。
 そして、その冠を、シャザラードはよく覚えている。
 
「もう一度聞きますよ、主の名において懺悔なさい。その冠を――どこで、手にいれた?」
 
 男の顔面が蒼白に彩られる。極寒の吹雪の中、頭と手足の先は恐ろしく冷たいというのに、シャザラードに掴まれた襟首だけがまるで焼けた石を押し付けられたように熱い。
 
「かつて救世主は、罪無きもの石を投げよといった。救いを与え、罪を許す。故に――私も、貴方を赦しましょう」
 
 男が安堵の表情を浮かべ――その体が一瞬にして炎の中へと消え去っていく。
 
「――罪を悔い改め、主の下へ。神罰を受けなさい」
 
 
 
 
 
 
 大通りの片隅に、ひっそりと眠ったかのような姿で座る、老婆の氷像がある。
 シャザラードはその頭に、老婆の特徴であった冠をゆっくりと被せた。
 
「……本来ならば、儀式を行うところなのでしょうが、この吹雪です。
これ以上不届き者に現世の肉体が汚されぬうちに、魂だけでも送って差し上げましょう」
 
 ゆっくりとシャザラードが王城へ向かい歩き出す。
 その背で、吹雪に白く染まる中に、何故かたなびくようにして空に向かう煙があったと――シャザラードの後詰の為、巡回に出てきた水の精霊が、後に伝えた。
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